西大寺文化資料館、追加情報が到着

西大寺文化資料館の記事をUPしたところ、gansanから追加情報が到着しました。コメント形式で、ちょっと目につきにくい可能性がありますので、下記にリンクします。

>>西大寺文化資料館追加情報(gansanコメント)

3件のコメント


  1. //

    西大寺文化資料館のこと  NO3

    一階の展示品あれこれ
     入り口の鼠返しを跨いで入ると、正面に狩野永朝筆「会陽の図」が目に飛び込む。観音院本堂の大床東面の頭上に掲げられている大絵馬は、岡山市の指定文化財で、三年の歳月をかけ、京 狩野派最後の絵師永朝が明治十年完成さしているが、平常はアクリル板で覆われ、見上げても良くは見えない。
                    (現在はガラス張りでよくみえる)
     1/3の縮尺ではあるが、横1.8m、縦0.94mの写真では当時の風俗・賑わいを目の当り見ることが出来、圧巻である。(拡大鏡も用意されている。)
     その手前に観音院本堂再建時の1/20の、棟梁が作った模型がある。
     宝木は江戸末期から昭和30年代のものまで年代順に展示され、時代によってどう変わって行ったかが一目瞭然である。
     明治初期の嫁御寮用のお籠、薬研(やげん)、百味箪笥、薬店の看板や香時計など、テレビの時代劇でしか見られないものから、今は姿を消したバネ式の蓄音機、手回し式の計算器や、古い民具、日用品のあれこれを展示している。
     特別展は随時この階で開いている。最近では西大寺に立地している企業紹介、文化と歴史を語るゆかりの河川、地区の古い写真展など多彩な催しをしていて、歴史を知ってもらい、愛着と誇りをもって将来に想いを育てて頂けるよう心がけている。  NO4に続く


  2. //

    西大寺文化資料館のこと NO4
    二階で展示しているもの
     二階に昇る階段がまた凄い。板の厚さは6cm、滑り止めと一体となった一枚の板。棟木も梁も。そして垂木(たるき)は柱を使っているのかと見紛うほどもある。
     階段を上がって右側のガラスケースの中には江戸時代の千両箱、一文銭も1,500枚、藩札や富くじ等が見る人の興味をそそる。横にある棚には醤油を作るための色々な道具類、遊山のときご馳走を入れる入れ物など。
     その前の床には、快気祝いや法要などの引き出物に使われていた砂糖を固める金型・木型など。米俵の模造品、弥生時代の磁器の破片等、吉井川周辺で出土したものも多い。珍しいものでは、六世紀、新羅で作られた壷が近郊で出土したものもある。
     商家で使用されていた暖簾(のれん)、外商が使っていた大風呂敷、上の玉が二つの五つ玉算盤があるが、今その使い方は誰も知らない。
     日用の道具では、合わせ鏡、お針箱、炭火を入れて使っていたアイロン、行灯(あんどん)、下駄の上面に畳表を貼った「草履下駄」など懐かしいものが多い。
     俊乗坊重源が万富で焼かせた奈良東大寺大仏殿の瓦は雄川橋近くで発掘されたし、大多羅の反射炉に使われた煉瓦の片々、外波の砲台の大砲を支えていた台座も展示している。
      (東大寺の瓦は都合により現在む展示されていないが本物である。)
     船鎧、古文書も多数保管しているが、展示場所が少ないので頭が痛い。

                 西大寺文化資料館 館長 中村美佐雄 

     以上で西大寺文化資料館の説明を終える。皆さん一度行って見ては!
     
     


  3. //

    西大寺文化資料館に関連して

    昭和四十六年五月に発行された「西大寺町誌」の「序」に次のようなことが書かれている。
     
     「国家社会の一員たることは、先ず自分の郷土を知り、郷土を愛し、郷土に  貢献することから始まると思う・・・・・・・・・・・」
     
           昭和四十六年三月 初代公選西大寺町長 家野 猛之

    先ず自分の郷土を知ろうではないですか。それには西大寺文化資料館に一度行って見ませんか。
     

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